2016年9月1日木曜日
2016年7月25日月曜日
2016年4月5日火曜日
サクラサク♪
サロンの裏手にある六角堂さん
桜がとっても綺麗に咲いていました♪
昨日は漬物屋さんで寄せた
桜の塩漬けで
クッキーを焼いてみました♪
砂糖の代わりに甘酒を◎
バターの代わりにココナッツオイルを◎
卵も牛乳も加えないヴィーガンクッキーです。
祖母と一緒にお花見にいくのが
毎年恒例でしたが、
90歳をこえるとなかなか
外出するのが億劫になるようです。
そんな祖母へお茶と共にお部屋へ差し入れ。
とても喜んでくれました♪
今日はあいにくの雨模様ですが、
4月7日20時25分は牡羊座の新月だそうです。
とてもパワーのある新月にようで
変化や革命を引き起こす新月なのだそうです。
新しいことを始めたい方は、
今日を機に思い切ってチャレンジすると
物事がスムーズに進むかもしれませんね!
よい一日をお過ごしください♪
2016年3月25日金曜日
2016年1月25日月曜日
阿修羅窟を求めて・・・
先月、兵庫県にあります
アーユルヴェーダサロン
シャンティさんのオーナー
クミさんが開かれる
醤教室があるということで、
大阪・富田林辺りまでやってまいりました。
お教室の前に、
以前から訪れたいと思っていた
大阪・河内長野にあります
観心寺さんと
茶処の阿修羅窟さん
に念願叶って訪ねることができました♪
平安時代の初め、
弘法大師空海が
高野山を開くための拠点とする為に、
開創から100年以上経っていた観心寺を
整備されたのだそうです。
その工事の中心となっていたのが、
弘法大師の一番弟子の実恵(じちえ)と
実恵の弟子であった真紹(しんじょう)
という人物だったようです。
真紹は、その後に京都の東寺の長者となり、
永観堂を建てた方だそうです。
ふむふむ( ..)φ
歴史の流れを知るとおもしろいですね~!
当時の真言宗の主なルートはこちら
高野山
↓
観心寺
↓
飛鳥・川原寺
↓
奈良・東大寺
↓
京都・東寺
高野山から京都まで、1日40キロ歩いて
4日で行き来していたようです。
なんといっても、
こちらのお寺について特記すべきことは、
国宝や重要文化財の多さです。
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| 室町時代初期に建てられた金堂(国宝) |
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| 12の重要文化財がある霊宝館へと続く道 |
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| 後村上天皇御旧跡 |
又こちらのお寺は、
楠木正成のゆかりの地でもあります。
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| 建掛塔(重要文化財) 楠木正成が三重塔を計画して建てられたが、 湊川で亡くなった為、完成せずに 名の通り、“建てかけ”のまま今に伝わる。 |
重々しくも清らかな空気が
流れているように感じました。
そして、参拝後は、
観心寺さんの前にあります
茶処 阿修羅窟さんへ
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| お座敷に入ったとたん 火鉢の温かさがほっとします(〃´∀`) |
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| 縁側からの景色は 静かで穏やかな眺めでした |
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こちらのお店は、
古代インド社会科学、インド伝統医学、
真言密教の研究家でいらっしゃる佐藤任氏が
昭和30年築の古民家を改築して
開業したお店のようです。
以前、著書を拝読したことがありまして、
インドについて深く研究された方が
辿り着く日本の場所とは
どんなところなんだろうか?
そんな好奇心に動かされ
訪れたところは、
長閑な風景を望める
すこしの不便さもあるけれど
それを上回る
素朴なありのままの豊かさがあって
人の丁寧さが心で感じられる
そんな満ち足りた穏やかな場所でした。
初めて伺った観心寺さんやったのに、
「いや~ご無沙汰してます~」
って言われたもの
なんか嬉しかった^^
2015年11月15日日曜日
2015年11月11日水曜日
五大元素 ~高野山とアーユルヴェーダ~
六大無碍にして、常に瑜伽なり。
空海 『即身成仏義』
先代のお参りに高野山へ行った際に
お坊さんから伺った真言密教のお話が
アーユルヴェーダの世界観とまるで同じだと、
ハッとしたことがありました。
アーユルヴェーダの根源にある五大元素は、
あらゆるところに存在しているのだと。
気づきを与えていただきました。
何かと何かがひとつに繋がる。
子供のようですが、そのちいさな発見は
いつでも私にとって喜びであります。
六大無碍にして、
常に瑜伽(ゆが=ヨガ)なり。
六大とは、地・水・火・風・空、
そして心が加わり、六大となり、
すべて互いに調和しながら存在している。
とお大師さまはお考えになられました。
とお話くださいました。
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| こういう石碑が高野山奥の院にはたくさんあります。 文字は梵字で書かれているものが多いです。 (写真撮ってなかったので絵でご容赦ください(^^ゞ) |
高野山奥の院によくみられる
供養塔の五輪塔ですが、
地・水・火・風・空を表すもの宗派を超えて、
平安時代後期に石塔として流行したようです。
多くある石碑の中でも戦国武将の名に
つい目が留まりますが、
多くの庶民もこれを欲したのだそうです。
なぜか?
それは、五輪塔を建てることにより
修行をせずとも極楽浄土へ往生できると
考えられていたからようです。
五輪塔はインドや中国に遺跡は
確認されていないことから、
日本独自に作り出されたものと
考えられているようです。
昔のひとは宇宙をこう考えたのかと、
しばらく突っ立って眺めていました。
聖地奥の院では、
戦国武将たちが横に一緒に並ぶ
不思議な光景に出あいます。
ここには敵も味方も上も下も
時空間の境さえなくなってしまうようです。
時代、身分、宗旨をも超え、
存在することができる。
いつの時代も誰もが
ここにたどり着くことを
夢にみたのかもしれません。
これが空海が未来に示された
『調和して存在する』
ということなのでしょうか。
2014年11月5日水曜日
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